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狼として生きる

音もなく 臭いもなく 智名もなく 勇名もなし

身に沁み付いた考え方

(たぶんタイトルの漢字は間違ってる。"染み付いた"で良かったか、、、)

 

私は、悲観論者である。

そして、私は私を信用していない。

私の悲観的な見方は、当たらないことが多いからだ。

 

 

たいていのことは、私の悲観的予想と、最も楽観的な部類の意見、そのあいだで落ち着く。

 

 

外れることもある。

想定外ってやつだ。

(日本国で原発事故が起こるとは想定していなかった 等。)

 

 

なかなか不思議なものである。

死ななくていいような人が死に、ゴミのような人間が長生きしたりする。

声のデカいだけの奴や、口だけのやつがうまく立ち回っていたりも、する。

話していてなんとなーく気持ち悪い感じのする人間もいれば、最初の印象は良くても中身が腐っている人間もいる。

 

ハラスメントは連鎖する 「しつけ」「教育」という呪縛 (光文社新書)

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ジャパンヘイターとサイコパス支配: 善意で滅ぶ先進国

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家族喰い――尼崎連続変死事件の真相

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いずれにしても、他人のことを理解することは困難であることは確かだ。

 

 

 逆に、私のことを理解できない、と言われることもある。

へ?

そうなの?

"俺のことが理解できない"って?

ふーん。そうなんだ。でも、それってそんなに変なことなのかな。

自分のことは、自分自身でさえ理解できなくて(やや)困ってさえいるのに。。。*1

 

 

で、そもそも論。

他者って、そんなに簡単に理解可能なものなのかね?

 

 

私自身が自閉症スペクトラムのグレー以上なのかサイコパスなのかソシオパスなのか、それはわからない。

今となっては、あまり興味もない。*2

 

 

"どうやって生きようか"と考えること、それ自体はおそらく普遍的とか陳腐とか言われる類の問いだろう。

般若心経の時代(というかそれ以前)から変わっていない、人間が持ちがちな疑問ってやつ。

 

 

 

 え?オチ?

般若心経が参考になるよって話、それだけだよ。

 

*1:一つ言えることは、私には、他人がそもそも目に入っていないということだ。

*2:もう少し本を読むくらいはするかもしれない。自分以上のガチのサイコパス?と遭遇した経験から、あまり問題でないと考えている。

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